運ばれてきたタリスカーのハイボールを、私はひとくち飲んだ。ピートの香りが、鼻の奥をすっと抜けていく。腰を据えて話すには、ちょうどいい一杯だ。
マスターの青島さんは、カウンターの向こうで、また別のグラスを磨き始めている。急かすでもなく、ただ、続きを待っているようだった。
——さっきの話の、続きだ。形から入った万年筆と、毎朝のノート。そこまでは、いい。問題は、その先だった。
たった一科目に、泣いた
道具を揃え、仕組みを整え、それなりに手応えもあった。だから、一度目の試験も、いけると思っていた。
結果は、「保留」。
私が挑んだのは、各科目四割以上、かつ総得点七割以上が必要という資格だった。総得点は、足りていた。それなのに、たった一科目だけが、四割の足切りラインに、わずかに届かなかったのだ。
正直に言えば、この時点で、茫然自失だった。「次の試験で、もう一度ここまで持ってこられるのか」。そんな声が、頭の中をぐるぐると回る。しばらくは、机に向かう気力すら湧かなかった。あの時期は、今思い返しても、なかなか危ういところだったと思う。
「総得点は足りてたんですよ。一科目だけ、なんです。それが、かえって悔しくてね」
私がそう言うと、青島さんは手を止めずに、小さくうなずいた。何も言わない。ただ、その沈黙が、不思議と救いだった。
やり方は、変えなかった。ただ、這い上がっただけ
半年後に、もう一度、試験がある。もう一度だけ、やってみることにした。ここまで出来たんだ。もう少しじゃないか。あと一歩、その先へ——。
誤解のないように書いておきたいのだが、二度目に向けて、勉強のやり方を劇的に変えた、というわけではない。何も見ずに「思い出す」練習も、細切れの時間に手をつけるやり方も、一度目から、ずっと同じだ。特別な必殺技を見つけたわけではない。
変わったのは、方法ではなく、心の方だった。一度は、勉強が手につかなくなった。あの「保留」で、ぽっきり折れかけた。それでも、もう一度だけ、机の前に座り直した。ただ、それだけのことだ。這い上がった、と言うと大げさだが、本当に、這うように、もう一度始めただけなのだ。
この「思い出す」と「細切れ」の勉強法そのものについては、話すと長くなるうえに、それだけで一本の記事になってしまった。具体的なやり方に興味のある方は、50代の勉強法をまとめた記事の方を読んでいただくのが早い。ここでは、その話は脇に置いておく。
一つだけ書いておきたいのは、あの前編で買った、パイロットのライティブと、マルマンのニーモシネのことだ。折れかけて、どうしても机に向かえない夜。それでも、あの軽い万年筆を握って、ニーモシネにキーワードを一つだけ殴り書きして、思い出す。たった一問。それだけでいい、と自分に許す。その「たった一問」で、途切れかけた糸を、どうにかつなぎ直せた。形から入って揃えた、あの道具たちが、こんな場面で効いてくるとは思わなかった。
合格通知の封を、切る
足切りに泣いた、あの日から半年。二度目の試験を終え、私は結果を待っていた。
自宅のポストに、その封筒は届いた。差出人を見た瞬間、心臓が跳ねた。手が、少し震えていたと思う。張り詰めた空気の中で、封を切る。紙を開く。そして、「合格」の二文字が、目に飛び込んできた。
その瞬間、身体の底から湧き上がってきたのは、達成感でも、喜びでもなかった。もっと静かな、こう、じんわりとした——「私も、まだやれるんだ」という、確かな手応えだった。誰かに自慢したいわけではない。ただ、自分で自分に、小さくうなずけた。それだけのことが、これほど嬉しいとは思わなかった。
この歳になると、会社でもプライベートでも、新しいことに挑んで、心から震えるような経験は、めっきり減っていく。守りに入る方が、ずっと楽だ。そんな中で、あの合格通知は、久しぶりに私を震わせてくれた。仕組みを信じて、たった一問を積み重ねてきた自分への信頼が、人生の後半戦で、最高のスコアを叩き出してくれたのだ。
「もう、新しいことはいいよ」と言った同僚のこと
この挑戦を始める前のことを、少し話しておきたい。
当時、私は毎日、会社で同年代の男たちと顔を合わせていた。皆、五十代。体力の衰えを感じ、昇進の先も見えて、定年までの残りを数えている者もいる。そんな一人が、ある時、こう漏らした。
「もう、この歳で新しいことやる気力なんてないよ。定年まで、穏やかに過ごすのが一番だと思わない?」
その気持ちは、痛いほど分かった。私自身、まったく同じ心持ちだったのだから。反論なんて、できるはずもない。
でも——その言葉を聞いた時、なぜか胸の奥が、ざらりとした。穏やかに過ごす。聞こえはいい。だが、それは本当に「穏やか」なのか。それとも、できることを「どうせ無理だ」と、初めから諦めているだけなのではないか。
そのざらつきが、たぶん、私を机に向かわせた、もう一つの力だったのだと思う。
来週の、黒板
——と、そこまで話して、私はタリスカーのハイボールを、飲み干した。ずいぶん長く喋ってしまった。
青島さんは、しばらく黙ったまま、グラスを拭いていた。そして、ふと手を止めて、こう言った。
「お話を聞いて、来週の言葉は、これにしようと思います。『為せば成る、為さねば成らぬ、成る業を、成らぬと捨つる、人のはかなき』」
「ああ、それ。……武田信玄、だったっけ?」
「武田信玄や、上杉鷹山の言葉として知られていますよね。諸説あるようですが……」
青島さんは、そう前置きして、その言葉の意味を、静かに説明してくれた。
やれば、成し遂げられる。やらなければ、成し遂げられない。成し遂げられるはずのことを、「どうせ無理だ」と捨ててしまう。それは、人の命が有限だからこそ、余計に、はかなく、もったいない——。そういう意味なのだ、と。
「成らぬと捨つる、人のはかなき」。あの日、「もう新しいことはいい」と言った同僚の顔が、ふと浮かんだ。そして、あの居酒屋で「やるかやらないか」と言った、名前も知らない男の顔も。
年齢は、理由にならない。時間がないのも、皆同じだ。大切なのは、ただ、為すか、為さぬか。その一択だけなのだと思う。
もし今、何かを始めたいのに、躊躇している人がいるなら。もし心のどこかで「どうせ無理だ」と呟いているなら。まずは五分でいい。たった五分、勇気を出してみてほしい。その小さな一歩が、これからの後半戦を、確かに変えていく。私の、あの一枚の合格通知が、そうだったように。
来週、この店に来たら、黒板にはあの言葉が書かれているだろう。それを見に来るのも、悪くない。私はそう思いながら、席を立った。
この話の始まり、道具を揃えて挑んだ「前編」をまだ読んでいない方は、こちらからどうぞ。そして、こうして身につけた知識や資格が、肩書の代わりに人と話すときの「話せるネタ」になっていく話は、3階でしています。