その夜のSECOND SEMESTERは、珍しく私のほかに客がいなかった。マスターの青島さんが、いつものようにグラスを磨いている。私はグレンフィディックのストレートを傾けながら、なんとなく手持ち無沙汰に、店の中を眺めていた。
ふと、カウンターの奥の黒板が目に入った。青島さんが週替わりで書きつける、今週の言葉。
試しなどない
「マスター、これ。……もしかして、スターウォーズのファンなんですか」
私が聞くと、青島さんは手を止めずに、少しだけ笑った。
「ファンだなんて、おこがましいですけどね。リアルタイムの世代でもありませんし。……ただ、シリーズは全部、観ていますよ」
あの壮大な物語を好きな人は、世代を問わず多い。
「熱狂的、とまではいかなくても、好きな人は多いですよね。名場面もそうですけど……妙に刺さるセリフがあるからね」
「ええ。この黒板のも、その一つです」
やるか、やらないか。試しなどない——。ヨーダが、弟子のルークに向かって放った言葉だ。修行に迷い、「やってみます」と口にした弟子を、師匠はぴしゃりと諌める。「やってみる、ではない。やるか、やらないかだ」と。今でも目に浮かぶシーンだ。
私は、グラスを口に運びながら、ずいぶん前の、ある夜のことを思い出していた。
「……そういえば、マスター。私がこの歳になって挑戦を始めたのも、似たような言葉がきっかけだったんですよ」
青島さんは、磨いていたグラスを棚に戻し、「聞かせてください」というように、小さくうなずいた。
出張先の居酒屋で、見知らぬ男が言った一言
あれは三年ほど前の、冬のことだった。
出張先の、名前も覚えていない地方都市。一人で入った居酒屋のカウンターで、隣り合わせた同年代の男性と、店主を交えて、とりとめのない雑談になった。仕事のこと、体の調子のこと、家庭のこと。たわいもない中年の会話だ。
その中で、その男性がふと漏らした一言が、なぜか妙に、私の心に残った。
「結局さ、人生ってやるかやらないか、なんだよね」
酔った勢いの、なんということもない一言だったのだと思う。その言葉は妙に、私の心に残った。
そして、その年の暮れ。大掃除を終えて、何気なくつけていたテレビで、まさにあの映画をやっていた。ヨーダが、あの言葉を口にした瞬間だった。
やるか、やらないかだ。試しなどない——。
居酒屋の男の言葉と、映画の師匠の言葉が、頭の中でぴたりと重なった。ハッとした。
私はこれまで、「忙しいから」「疲れているから」「明日からにしよう」と、やらない理由ばかりを並べてきた。だが本当は、ただ自分が「やらない」の方を選んできただけではないか。試している"つもり"で、実は何も始めていなかったのではないか。
ほどなくして、私は決めた。自分の携わる業界の、難関と言われる資格に、挑戦してみよう、と。
気合ではなく、仕組みで。そして、形から入った
とはいえ、決意はしたものの、若い頃のような丸暗記や、長時間ぶっ通しの集中は、もう無理だ。言葉もすぐには出てこない。同じやり方で挑めば、また同じところで挫ける。それは目に見えていた。
だから私は、「気合」を捨てることにした。代わりに頼ることにしたのが、二つ。一つは、続けるための「仕組み」。もう一つが——少し恥ずかしいのだが——「形」から入ること、だった。
五十を過ぎた男が、いい歳をして、と笑われるかもしれない。それでも、道具を新しくすると、気持ちが少し前を向く。この歳になって、それがよくわかった。机に向かう自分を支えてくれたのは、根性ではなく、毎朝の相棒になってくれた文房具たちだった。
字が汚いコンプレックスを吹き飛ばした「パイロット・ライティブ」
実は私は、非常に字が汚い。それが、これまで万年筆を一度も買わなかった、一番の理由だった。「万年筆は、字が綺麗な人が持つものだ」と、勝手に思い込んでいたのだ。
しかし、思い切って手にしたパイロットの「ライティブ(LIGHTIVE)」は、その思い込みを、あっさり覆してくれた。
定価二千五百円(税別)という、万年筆としては手頃な価格。それでいて、驚くほど軽い。毎朝、文字を走らせ続けても、指や手首がほとんど疲れない。力を入れずとも、インクが滑らかに滑っていく。汚い字のまま(笑)、サラサラと書きなぐるのに、これ以上ない相棒になってくれた。
正直に言えば、使ってみても、字は一向に上手くならない(笑)。でも、それでいいのだ。目的は、綺麗な字を書くことではないのだから。
なんかカッコいい、という理由で選んだ「青インク」
インクは、青(ブルー)を選んだ。理由は単純で、「なんかカッコいい」と感じたから。それだけだ。
形から入る大人にとって、この「なんかカッコいい」という直感は、案外あなどれない。理屈ではなく、心が少し弾む。それが、続ける燃料になる。
後から知ったのだが、青い文字は視覚的に目に優しく、記憶の定着にも良い、という話もあるらしい。直感で選んだ青インクが、思いがけず、暗記の効率にも一役買ってくれることになった。得をした気分だった。
万年筆の書き味を受け止める「マルマン・ニーモシネ」
そして、もう一つ。以前から勉強に使っていたが、万年筆を使ってみると相性がすこぶる良いノートがある。マルマンの「ニーモシネ(Mnemosyne)」だ。
この紙質が、本当に素晴らしい。万年筆で勢いよく書きなぐっても、インクが裏に染みる、いわゆる「裏抜け」がほとんどない。ペン先が紙の上を、気持ちよく滑っていく。ライティブとの相性は、抜群だった。この万年筆とノートの組み合わせが、つらい勉強の時間を、少しだけ手助けしてくれた。
この万年筆と青インクとノートは、資格の勉強だけでなく、毎朝、頭に浮かんだことをただ書き出す「モーニングノート」の相棒にもなった。書くことが、これほど脳を軽くしてくれるとは思わなかった。もっとも、その話をここでし始めると長くなる。書くことそのものの効能については、モーニングノートの記事で詳しく書いているので、よかったらそちらを。
道具は揃った。だが、合格には届かなかった
——と、ここまで話したところで、私はグラスを置いた。青島さんは、黙って続きを待っている。
居酒屋での一言。映画の師匠の言葉。そして、形から入った万年筆と青インク。こうして「やらない理由」をひとつずつ潰し、淡々と机に向かう土台は、確かにできた。
だが、私が挑んだのは、各科目四割以上、かつ総得点七割以上が必要という、業界でも難関とされる資格だった。道具を揃えたくらいで、そうそう甘くはない。
そして、一度目の挑戦。私の結果は——「保留」だった。たった一科目が、足切りのラインに、わずかに届かなかったのだ。
「……その時は正直、終わったな、と思いましたよ」
私がそう言うと、青島さんは、グラスを磨く手をふと止めて、静かに聞いた。
「もう一杯、いかがですか」
「……じゃあ、タリスカーのハイボールを」
その先の話は、少し長くなる。一度は落ちかけた心を、どうやってもう一度、机の前に戻したか。半年後のリベンジを支えたもの。それは、このハイボールを飲みながら、ゆっくり話すことにしよう。
ちなみに、そもそも「この歳で学ぶ意味があるのか」と迷っている方は、50代の学び直しは、もう遅いのかを先に読んでいただくと、この話の温度が、より伝わるかもしれません。こうして身につけた知識が、肩書の代わりに「話せるネタ」になっていく話は、3階でしています。