(夜、スナックのカウンター。隣の席の牧村さんが、ビールのグラスを見つめながらぽつりと)
牧村さん「この前ふと思ったんだよ。会社を辞めたら俺、誰と話すんだろうって」
ママ「あら。今、私と話してるじゃない」
牧村さん「ママは商売だろ」
ママ「フフッまあね。……でも、そう思えた時が始めどきよ」
牧村さん「ん?始めるって?」
俺はグラスを傾けながら、先週の日曜日のことを思い出していた。
肩書が剥がれる日。50代の「会社以外の居場所がない」という静かな恐怖
先週の日曜日、本屋の帰り道でした。
駅前で、以前の上司とばったり出会ったのです。
数年前に定年退職された方で、会えばやはり懐かしい。昼下がりだったこともあり、「軽く一杯どうだ」と近くの蕎麦屋に入りました。
そして、ビールを片手に元上司が語り出したのは、意外な話でした。
「話し相手がいないんだよ」
奥さんには、長年かけて築いた多彩なコミュニティがあって忙しい。
引退して間もない頃は、夫婦の会話もそれなりにあった。けれど毎日家にいて話しかけるうち、だんだん煙たがられるようになった。奥さんの外出にどこにでもついていこうとして、とうとう怒られたそうです。
友人がいないわけではない。
でも、いざとなると「こんなことで連絡しては悪いかな」と思ってしまい、連絡できない。
会社員時代から、交友関係は少しずつ断捨離してきた。付き合いだけの飲み会を断り、年賀状をやめ、本当に必要な関係だけを残してきた。そのこと自体が間違っていたとは、今も思っていない。
「でもな、会話するにも事を欠くとは、思ってもいなかったよ」
元上司は、グラスを見つめながら続けました。
些細なことを話せる相手。
興味のあることを聞いてくれる相手。
最近の出来事を聞かせてくれる相手。
たわいもない思いつきを話せる相手。
そんな人がいないというのが、どういう状態なのか。
「今から友達を作るわけにもいかないしなあ。会社員時代は、そんなこと考えたこともなかったよ」
その言葉が、帰り道からずっと、頭を離れませんでした。
他人事ではないからです。
私たち50代の会社員は、名刺一枚で自己紹介が済む生活を、30年近く続けてきました。所属と肩書。それさえあれば、初対面の相手とも話が始まる。けれどその名刺は、いつか必ず返却する日が来ます。
肩書が剥がれた日、自分には何が残るのか。誰と話すのか。
これは、定年後の話ではありません。50代の今から静かに始まっている話です。
なぜ大人には「サードプレイス」が必要なのか
社会学に「サードプレイス(第3の居場所)」という考え方があります。
第1の場所は、家庭。
第2の場所は、職場。
そして第3の場所が、そのどちらでもない、利害関係のない居心地のよい場所。かつての喫茶店や商店街、行きつけの店のような空間です。
ここで、私たち50代男性の人生を振り返ってみてください。
ほとんどの時間とエネルギーを、第2の場所(職場)に注ぎ込んできたのではないでしょうか。
それは昭和から平成を働き抜いた世代として、当然の生存戦略でした。仕事に全力を注ぐことが家族を守ることであり、男の価値だと教わってきたのですから。
ただ、その結果として、雑談も、笑いも、ちょっとした相談も、承認も、その多くを職場が一手に引き受けてきました。
つまり定年とは、収入が途絶える日であると同時に、「会話のインフラ」が丸ごと止まる日でもあるのです。
元上司が挙げた4つの相手を、もう一度思い出してください。
些細なことを話せる相手。興味のあることを聞いてくれる相手。最近の出来事を聞かせてくれる相手。たわいもない思いつきを話せる相手。
どれも、大した話ではありません。人生相談でも、深い友情でもない。
でも実は、会社員時代にこの4つを担ってくれていたのは、家族よりもむしろ、同僚や取引先との何気ないやりとりだったはずです。
だからこそ、第2の場所を失う前に、第3の場所が必要になります。
近年は、孤独が心身の健康に与える影響についての研究も数多く報告されています。難しい話を抜きにしても、「たわいもない話ができる場所がある」ことが日々の張り合いになるのは、誰もが経験的に知っていることだと思います。
50代のための「大人のギルド」の作り方
では、どうやって第3の居場所を作るのか。
いきなり「友達を作りましょう」と言われても、困りますよね。元上司の言う通り、50代から友達を作るのは簡単ではないし、そもそも「友達」という言葉自体が、少し重い。
私は、「大人のギルド」くらいの距離感がちょうどいいと思っています。
ギルドとは、中世の職人たちの組合のこと。互いの人生に深入りはしないけれど、同じ場所に集まり、共通の話題があり、顔を合わせれば言葉を交わす。親友でなくていい。「顔見知り以上、親友未満」の緩やかなつながりです。
そして、このギルドに参加するために必要な装備は、実はこのビルの1階と2階に揃っています。
1階の「知性と書斎」で扱ってきた大人の学び直しは、資格や教養のためだけのものではありません。学び直しの習慣は、肩書に代わる「話せるネタ」と、人の話を面白がれる好奇心を育ててくれます。ギルドでの会話の通貨は、役職ではなく話題です。
2階の「心と体」で扱ってきた生活リズムは、外に出るための体力と気力の土台です。朝型でも夜型でも構いません。自分のリズムが整っている人は、誘いに「行くよ」と即答できる。これが意外と大きいのです。
知性を磨き、心身を整える。ここまでは、一人でできる階でした。
でも、その先があります。整えた自分を持って、人のいる場所へ出ていく。それがこの3階、「大人の社交」の扉です。
WEBでもリアルでも見つかる、大人のサードプレイスの具体策
サードプレイスの入口は、大きく分けて2つあります。リアルとWEBです。
リアルの入口:「行きつけ」を一つ作る
一番ハードルが低く、そして効果が大きいのが、「行きつけの店を一つ作る」ことです。
バーでも、小料理屋でも、蕎麦屋でも、喫茶店でも構いません。大事なのは、同じ店に、月に何度か、一人で通うこと。
最初は誰とも話さなくていいのです。黙って飲んで帰るだけでいい。それでも何度か通ううちに、店の人が顔を覚え、「いつもの」が通じるようになり、隣の常連と一言二言交わすようになる。
この「ゆっくり顔見知りになっていく」プロセスこそが、サードプレイスの正しい育ち方です。名刺交換から始まる関係とは、順序が逆なのです。
他にも、趣味の教室、図書館の講座、地域の活動、ジムなど、リアルの入口は探せば案外あります。共通するコツは一つ、「定期的に、同じ場所に通う」ことです。
WEBの入口:同世代が集まる場所を覗いてみる
「いきなり店に一人で入るのは、ちょっと」という方には、WEBから始める道もあります。
今は、50代以上の同世代だけが集まるコミュニティサービスや、趣味でつながるオンラインサークルが数多くあります。匿名で、自宅から、たわいもない話を投稿するところから始められる。あの4つの相手を、まずWEB上に持つという考え方です。
どんなサービスがあって、それぞれ何が違うのか。これについては、50代のWEBサードプレイスを正直比較した記事で、実際に中を覗いた印象も含めてお話ししています。
リアルとWEB、どちらが正解ということはありません。両方の入口を知っておいて、自分に合う方から、小さく始めればいい。
あの夜、ママが牧村さんに言った言葉を思い出します。
「そう思えた時が、始めどきよ」
「会社を辞めたら誰と話すんだろう」と、ふと思ってしまったあなた。その「ふと」が、扉の前に立ったサインです。
結論:肩書を外した自分のために、できることがある
最後に、一つだけ。
肩書を失うことを、私たちはつい「何者でもなくなること」だと考えてしまいます。
でも、逆ではないでしょうか。
会社の看板も、役職も、実績も通用しない場所で、それでも「あの人と話すと面白い」と思ってもらえたなら。それは、肩書ではなく、あなた自身が認められたということです。
50代からのサードプレイス作りは、最初は不恰好かもしれません。一人で入った店で誰とも話せず帰る夜もあるでしょう。それでいいのです。始めた時点で、もう勝ちです。
会社員時代は考えたこともなかった、と元上司は言いました。
私たちは幸い、今それを考えることができています。名刺を返す日が来る前に、名刺のいらない場所を、一つずつ。
肩書を外した自分のために、できることがある。
3階のカウンターは、いつでも開いています。